めにみえないこと

また書くね

2月18日の日記

冷蔵庫に入れにくそうだし調理しにくそうだから、という理由でしばらくキャベツを買わないで暮らしていた。引っ越しを機にキャベツが3玉くらい入る冷蔵庫を買ったので、最近はキャベツを買うようになった。久しぶりのキャベツ、、、、美味しい!炒めていくうちに綺麗な黄緑色になるのが嬉しい。芯を細く切ってお味噌汁に入れるのが楽しい。千切りにしてコロッケの下に敷いても美味しい。すごい!キャベツって美味しい。こんな気持ちになれるのってお得だな〜今度はしばらく大根断ちしようかな?

2月16日の日記

みんなの仕事のツイートを読んだりして、社員さんが思うことというのを勉強したほうがいいのかもしれない。わたしは会社と自分を線引きできたことがなく、ぐちゃぐちゃのままやってきてしまった。「会社のために頑張るのって当たり前」の価値観で、それを人に押し付けてしまっていたかもしれないし、それができない人は離れていったのかと思う。仕事や会社に憤りや疑問(それならいいけど諦めも)を抱いている人というのがこんなに多いんだ、ということに傷ついたりもする。会社や仕事に対する考え方、求めるものは人それぞれで、比べたりジャッジできるものではないのも承知。自分の人生や趣味の時間が大事なのも承知。でも同じ場所にいて一緒に働いていることの意味って一体何なんだろ。そんなの人それぞれかあ。別に意味なんていらないって人もいるのかもしれない。少なくとも、社員さんが持つ会社への厳しい目線というのに、打ちのめされているようではまだまだなのである。

2月9日-2月10日頃の日記

みんな一生に一度は着てみたい服ってある?
わたしはどう考えても「特攻服」なんだけど、
もしかしてみんな違うの??ってことに先日気がついた。

どうやらわたしのヤンキー的ファッションへの憧れは
特別なものらしい。気づかなかった。

 

だって特攻服ってかっこいい!
GUCCIとかで出してくれないかな。(買えない)
めちゃめちゃかっこいい特攻服、着てみたい。

 

あとは、中学生くらいの頃、「スカジャン」にも異様な憧れを抱いていた。
ファッションで着る人も多くなったし
今となってはいつだって買えるのに、柄や色でなかなかベストヒットに出会えず、
いつしかその憧れも忘れてしまってた。

最近思い出して、「いつか理想のスカジャンに出会いたい」というのもひとつの夢になった。

ヤンキー、ストリート系、パンク、
ジャンルめちゃくちゃだけど、ちょっとそんな味のするものが
いつまで経っても好きみたいです。

2月8日の日記

なんだか最近、ことばが鎖のようになっているな、と思う。
SNSから距離をおけばいいのかもしれないけど
そういう問題でもないかも。心の問題かな。

「こういう言い方をしたら、誰かに対しての否定と捉えられるかもしれない」
「この発言は誰かを傷つけるのかもしれない」
と思って文字を入力する手がとまってしまうことがふえちゃった。

 

誰かの発言が鎖になることもあるし、
わたしの発言が誰かの鎖になるのが、いやだなあ、って思う。

 

すらすらと自由にことばを紡げていた頃がちょっとなつかしい。
たくさんの考え方、感じ方があるのを知ってしまうと
ちょっと臆病になるのかもね。

でも、カッコつけたり見栄を張りたくて発言をコントロールするのは寂しいけど
誰かのことを思って臆病になってるくらいなら、いいのかな。

 

ちょっと発言しにくいな、って思ったら
ここにきて、なるべく自由にことばを書いていきたいなと思います。